優しさはどこからくるのか。

出典:ゴミ人間

著者:西野亮廣

“もし貴方が、目の前の人たちが求めているものに満足できないのであれば、どうか「自分が思い描いた世界を、際限なく具現化できる環境作り」から手をつけて欲しい。そこから工事をはじめないと何も変わりません。”

今ゴミ人間の続きを読んでいた。

本当の優しさはどこからくるのか。

私の結論は、

苦しみや痛みの経験からくる

と思います。

うちの次女は別室登校。

今思えば、3年前、形が全くなかったものが今は具現化した。

今は、たった一人のために、3人の先生が交代で授業をしてくれるようになった。

教育委員会や、学校に、感謝している。

みんな本当に真剣に授業をしてくれている。

ここまでの素晴らしい先生が揃っているのも、すごいと思う。

彼女が場面緘黙で、話ができなくても

落ち着いた学習環境で勉強ができるようになった。

支援とは何か、言葉で伝えるのは難しい。

向いている、向いてないも、説明がむずかしい。

でも、なんとなく思うのは、自分も弱い人間だとわかっているとか

自分もダメな所がある。

自分も未熟だとかわかり勉強したり、努力を続けられる人しか

支援はできないと思います。

子供を責めているかぎり、

その人は支援する側としては一ミリも成長できないようです。

そういうひとが向いてない気がする。

ただただ、必死だった。3年間。

次にやることはなんだろう。

近々環境が変わる試練が彼女には訪れる。

そして、中学にいくには制服をきるという試練がある。

うちの子は、幼稚園の時の運動会でみんなと同じユニフォームがきれなかった。

その時々できることを精一杯やるしかない。

発達障害をもつ子供の親ごさんは、みんな苦労をされていると思う。

苦労に、大きい小さいはないと思う。

発達障害の人がいる家庭は、はためからわからなくても、みな大変だ。

みんな大変だけど、大変とはあまり、いわない。いえないのである。

だって子供が悲しむから。

命がなくなってしまうことだけは絶対避けたい。

先生のなかには、兄をなくされた方がいる。

事情があるみたいだけど、たぶん自殺じゃないかな。ってかんじがする。

その方の母は期待をかけていたみたい。

何かがあったあとは、

生きているだけでいいって、他の兄妹にいうようになったそう。

そこから母は変わったと。

その先生は、障害をもった子供うちの子供の支援をしたいという珍しい方だった。

噂に流される事のない先生。

自分の目で物事をみているかんじがする。

発達障害の子供に対する信念をつよくもっている。

そのような良い先生は、同じ痛みを何らかの形で、経験している。

他の子供もみているのだが、うちの家庭はこれでも、とても幸せだという。

「だってこんなに、お父さんお母さんに愛されているから。」っていってくださる。

育児放棄にちかいご家庭の子供さんもみている。

自分の家族に、苦しみや痛みがあったから、他の人に、本当に優しくなれるんだなと、

その先生をみるといつも思う。

私も障害福祉に興味をもつようになった。

この先なにを具現化できるだろう。

ゆっくり考えていこう🥀